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Cafe 香逢
ハンディーを持っている人達が、自助努力で運営しているお店です。

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間を取る

雲や風が秋に移ってきました。

暑さのせいで
眠れなかった夜を過ごした方には
高原にいるような涼しさとなり よく眠れる日が続いています。

この夏は 人の動きを狂わせてしまいました。
外出したくても 暑さで出るの控えたり
暑さがないときは ドンよりとした曇り空が続き
いつ雨が降るか 傘が手離せない状態でした。

今まで 感じてきた夏とは違っていました。
どう 対処していいのか 
身体が学習していない経験です。

お店の状態にも かなり影響してしまいました。
お客さまの足を迷わせています。

そんな中
久しぶりに休みをとらせて いただきました。
間をおく ひと休みです。

京都・奈良への旅です。
日本で一番古い神社で
奈良の三輪山をご神体とする大神神社に行きました。
野球の近鉄や武 豊さんなど著名人が参詣する所だと
後から聞きました。
緑の木々に囲まれた木の風格が漂う社で
落ち着いた感じと共に 気持ちが凛とします。

めったに 
おみくじをひかないのですが
急にひいてみたくなり・・・「大吉」。
この旅先の道が開けた感じです。

隣接している 狭井神社で
病平癒に効くお水で喉を潤し
ペットボトルに入れて この三日間少しずつ飲もうと思いました。
お腹の満たしは 有名な三輪のそうめんでツルンです。

その夜に 春日大社と東大寺の万燈火に参拝させていただきました。
年に二回だけ大仏様のお顔が 上の門の窓が開き 外から見えます。
ちょうど その一日にあたります。
どうしても この光景が見たくてのこの日でした。

大変の混み様で
参拝までは無理かなと思いましたが 
お寺や神社 警備の方々の守りと配慮のおかげで 
無事に参拝させていただき
皆さんの心使いに 「感謝しています」と頭を下げては涙がこぼれました。
本当に有難かったです。

翌日は 吉野の山奥にある念願だった天川に 
やっと行くことが出来ました。とにかく遠いです。
山一つ越えれば高野山です。
高野山・熊野・吉野を結ぶ三角の真中に位置しています。
澄みきった場所で 風が優しく吹き 
まるで違う空間にいるようでした。
ずっといれば身体が一掃されるようでした。

その晩は 団扇を扇ぎながら大文字を堪能。
暑い京の夜も これを境に秋に近づきます。
旅に出て 違う時を過ごすことは
普段の流れから間を取ってくれます。

また これで頑張れます。
 
 
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戦地からの手紙

照り返す暑さの中で蝉が鳴いています。
夏には蝉。当たり前のことですが 自然の巡りは凄い。

終戦時期になると 戦争関係の番組が多くなります。
普段 遠く思っている人でも ここで戦争ということを
改めて考えることは 大切です。

<過去を知ることは未来に繋がる>

私達世代は戦争を知りません。
体験者の声・文献や記録・メディアの情報で過去を得ます。
その中で感じたものを次の世代に引き継いでいくのが常に<今>です。

戦地から偶然に見つかった手紙や日記を
残された家族達に
六十一年ぶりに届けられた番組が流れていました。

自分達が 死ぬことが解っていて窮地に追い込まれても
家族を思い 恋人を思い 国に帰ることだけを思い・・・・・。
異国の地で亡くなっていく人達の言葉は ただただ切なくなります。

この戦争のあり方は間違っている
戦争なんて絶対してはいけない
戦争で戦って死ぬのではなく 餓死で死んでいく人の多さ。

日本はこの六十一年間戦いはしていません。
でも この六十一年戦いを止まない国があります。
戦いを放棄したこの国は地球で誇るべき国です。

平和を守るため 唱えるため 願うための方法です。

これを崩せば 必ず戦争が始まります。
二度と二度と武器を作ってはいけません。
持ってはいけません。

戦争で亡くなった方々の声が聞こえてきます。  
 
 

世界同時授乳

本日は,あまりみなさんになじみのない話題かも
しれませんが,明日,日本初のあるイベントが行われるので
そのご紹介です。

そのイベントとは「世界同時授乳」です。
マレーシアの世界母乳育児行動連盟(WABA)と
フィリピンの母乳育児の子どもたち[Children for Breastfeeding]の
呼びかけにこたえて,世界中約20ヶ国で明日の現地時間10時より一分間
お母さんが母乳を赤ちゃんに与えるというイベントです。

日本では「世界中のママと分かち合う,おっぱいの幸せ」を
統一テーマとして,全国25ヶ所で計1000組近くのお母さんと赤ちゃんが
10時より一分間の一斉母乳授乳に挑戦します。
以下の地域では明日の夕方やあさっての新聞などで
報道されることがあるかと思います。
みなさん,ぜひ暖かく見守ってくださいねー。

開催地域は以下の25ヶ所です。
いばらき,池袋,川越川鶴,横浜,つくば
東村山,春日井,札幌,北九州,我孫子
尼崎,朝霞,大阪市,いわき,京都
世田谷,杉並,那須,ナゴヤ,川越
横浜(青葉),調布・府中,千葉外房,豊田市,熊本


夏休みの一日に入れて下さい!

昨日は、原爆の日。遠く離れた函館市で「広島の原爆写真を掲出した、
無料の路面電車」が走りました。

18の横に繋がる全国の路面電車保有都市のなかに、広島と長崎があ
り、ともに8月6日と9日、大きな被害を受けたけれど、路面電車はい
ち早く復旧し市民の心のよりどころになった、と聞きます。

広島では、被害にあった3日後から、プラットホーム代わりに枕木を積
み寄せて、ガタゴトと走り始めたそうです。

未曾有の、一瞬の煌めきがもたらした被害はまちを丸裸にして、それで
も生き残った人たちが明日を信じて生きて来られたことに、本当に、え
も言われぬ感心の気持ちが浮かび上がります。

はだしのゲンで有名な、中沢啓治さんは、その漫画に賭けた思いを「当
時に対する怒り」だと言います。考えてみれば、余りに理不尽で飲み込
みがたい事実を前に、中沢少年が当時なにを思ったのか、少しばかりの
想像では追いつくことも出来ませんが、少年ジャンプに掲載された連載
漫画では、思いのほかストレートかつ幅広く当時の様子、少年の心の動
きが描かれています。

そのはだしのゲンは、いまミュージカルとして各地で演じられ、地場の
人たちの反響を呼んでています。記事にもありますが、8月26日には
千葉県佐倉市、京成臼井駅降りてスグの佐倉市民音楽ホールで同ミュー
ジカルが催されます。

くだんの函館市では、同年7月14日、15日に空襲を受けています。
同じ都市の3月には福井市で、4月には高知市、6月には豊橋市、岡山
市、7月には熊本市、そして松山市と、路面電車が走っていた多くの都
市でも市内を焼き尽くされる体験を、戦争に伴ってしていると、各地の
歴史が伝えています。

大地震の報も珍しくなくなった昨今ですが、この夏休みの終わりに、お
子さんと一緒にいまいちど、空が破れんばかりの天変地異と、いまの私
たちの日々の暮らしについてお話しする機会として、佐倉市まで出かけ
られてはいかがでしょうか。



NO MORE ヒロシマ

暑中お見舞い申し上げます

毎日毎日 暑い日が続きます。
表に出るとモワァーと熱風が身体を覆います。
いつも この時期にこの感覚を経験すると
ヒロシマを思い出します。

六十二年前の夏も暑い一日でした。
きっと こんな天気だったのでしょう。
一発の爆弾が 多くの人を殺しました。

「水 水 みずを下さい」と生き絶え絶えに
水を求めている声に答えることが出来なかった人は
生かされたこの62年間 供養に水を供え続けています。

戦争を通して 地獄を経験した人達は
時間が流れても 今生においては 終戦はないのです。
これが 戦争の恐ろしさです。

何故 人は戦わなくてはならないのか。
一つの星に住んでいる人類という仲間なのではないのか。
世界が滅びて 誰が喜ぶのか その人間でさえ滅びるのに・・・。

被爆国である私達日本には
世界に誇るべき憲法9条が存在しています。
この9条を一字でも変えれば
62年前に時間は必ず戻ります。

ずっと戦争をし続けた国は
日常生活からも武器を手放すことが出来ない
歪んだ進歩をしつづけています。

ヒロシマを見て下さい。
長崎を見て下さい。
その痛み苦しみを想像して下さい。
人間の愚かさを知って下さい。  
未来ある子供たち 生物 森や山そして海を
けして犠牲にしないために・・・・・!


    



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