Cafe 香逢
ハンディーを持っている人達が、自助努力で運営しているお店です。

◆ホームページも是非ご覧ください◆
Cafe 香逢 HP http://www.t-hw.com/syanhou/
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障害と開発 

世界銀行「障害は今、福祉問題から開発問題へ」(1/29・東京)

PICコーヒーアワー「障害は今、福祉問題から開発問題へ」

 昨年12月国連総会で「障害者の権利条約」が採択され、「障害と開発」の視点が途上国の開発にあたって留意すべき重要な項目のひとつに位置付けられるための大きな一歩になりました。世界人口の10%が障害者であるなか、2015年までに貧しい人々の人口を半減させるというミレニアム開発目標(MDGs)達成のためには、障害を開発問題として捉えることが重要です。

 今回のPICコーヒーアワーでは、途上国における開発問題に関して、「障害と開発」の視点から研究するアジア経済研究所の森壮也さんが話します。アジア経済研究所では「開発問題と福祉問題」に関する研究会を立ち上げ、月刊誌「アジ研ワールド・トレンド」2006年12月号の特集「障害と開発:開発のイマージング・イシュー」でも、そのエッセンスを発表しています。これらは森さんが中心に行ってきた研究の成果です。
その主要な論点についても紹介します。
http://www.ide.go.jp/Japanese/Research/Theme/Soc/Dev_d/Info/

この機会に、「障害と開発」について考えてみませんか。

○日時 2007年1月29日(月) 午後6時30分~8時00分

○場所 PIC東京(世界銀行情報センター) 
東京都千代田区内幸町2-2-2 富国生命ビル1階  
地下鉄三田線内幸町駅、日比谷線・千代田線・丸の内線霞ヶ関駅
http://www.worldbank.org/ptokyo

<スピーカー> 
森 壮也さん ジェトロ・アジア経済研究所新領域研究センター副主任研究員
http://www.ide.go.jp/soya_mori.html
http://www.deaf.or.jp/usr/mori/

<コメンテイター>
土橋 喜人さん 国際協力銀行開発セクター部社会開発班調査役

参加費は無料、使用言語は日本語(日本手話通訳付き)です。参加をご希望の方は、以下のフォーマットにて ptokyo@worldbank.org 宛にお申込みください。

*****(宛先 ptokyo@worldbank.org) **********
1月29日 「障害は今、福祉問題から開発問題へ」に参加します

お名前:
ご所属:
お役職:
ご連絡先: Email

****************************

<問合せ先>
PIC東京(世界銀行情報センター) http://www.worldbank.org/ptokyo
E-mail:ptokyo@worldbank.org  Tel:03-3597-6650


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意識.の種

厳しい寒さではないが 温度差が激しく
身体に変調をきたしている人が 多くなっています。

お店のスタッフにも関節の痛みを堪えて
頑張っている方がいます。
年々 足の変形も起き始め歩行もゆっくりとなりました。

予防のために いくつかの治療を薦め
少しでも身体が楽になればと提案したり
一緒に考えたりして どれが最善なのか試しても
それにも負けない比重で 身体の痛みや炎症が
やって来ます。

自分自身の体は
自分自身でしか守ることは出来ないので
いくらいい治療に出会ったとしても 
自分の体を知り 努力しなければ 結果は得られないと。

<意識の種>を蒔いてきたのですが
三歩進んで 二歩下がったり 時として四歩崩れ落ちたりと
うまくいかないものです。

外に出ず家にいたり 動かなければ
痛みがこもり倍増する恐さがあります。
老いも早くなると思います。

少しでも食いとめたいと願うのは 
自分の一方的な押し付けなのかと 自問自答です。

身体が不自由なだけで もういいじゃないですか。
痛みや炎症なんか持たなくてもいいんじゃないですか。
そんなに 苦しめる必要ないんじゃないですか。
どうぞ痛みから 解放してあげて下さい!
本音の叫びです。

それをあえて頑張れという難しさ
自分の身体を知る理解する意識の種を蒔いた
五回目を迎える春
少し芽が出れば・・・いいですね。

どうぞ皆さん心の中で 
このスタッフ達を応援してあげて下さい。
願ってあげて下さい。

淡々と粛々と凛としたシスター

イラクで活動している
高遠菜穂子さんがエジプトのカイロを訪ねた時の報告から
私の尊敬するマザーテレサに関することが
書かれていたので紹介します。

今日、青い線が2本入った真っ白いサリーを着たインド人を見かけました。近寄って笑いかけると、その女性は立ち上がって手を差し出しました。私はその手を握り、「ミッショナリーズオブチャリティですね?(マザーテレサの修道会で神の愛の宣教者会)」と聞きました。シスターはにっこり笑って、「そうですよ」と答えました。

2000年に日本での仕事を辞めて、まっすぐ向かったのが、インドのマザーハウス。ここで、私は本当にたくさんのことを学びました。あの日々が今の私のベースになっています。

バグダッドにあるマザーテレサの施設には27人の障害孤児がいました。時々、夕方に訪れてはお手伝いをさせてもらったものです。あの時のシスターたちは今もバグダッドにいるのだと、今ここで出会ったシスターが教えてくれました。私が驚いた顔をすると、こう言いました。

「もちろんよ。私たちは、その国の人たちと共にあるのよ」

「イラク支援」をしていると言うと驚かれることがよくありますが、マザーテレサのシスターたちにとってはごく自然なこと。この修道会は、その国の人々の最も貧しい人々と共にありなさいというのがモットーです。バグダッドがこの世の地獄になっても、シスターたちはそこに留まり続けている。あの施設にいたシスターたち、四肢のないあるいは水頭症の子どもたちがみな無事でありますように…。

どうしていいかわからなくてもがいている時、マザーテレサの関係者が突然、目の前に現れることがあります。バグダッドでもそうでした。ヨルダンでもそうでした。そして今、エジプトで。初心に帰り、ヒントをもらい、勇気付けられます。シスターにエジプトの孤児院やセンターの話を聞きながら、マザーがレバノン内戦の戦火の中を孤児を助けに入っていった時の話を思い出していました。

最後に、このシスターにお願いをしました。
「もし機会があったら、バグダッドにいるシスターたちに伝えてください。祈っています、と」

淡々と、粛々と、凛として。憧れてもなお遠い、マザーの尊きその魂、その強さ。
# by nao-takato | 2006-12-20 00:48緊急支援続行中



手を合わせる

年末友人の子供の誕生から
この15日間で五人の人達と今生の別れが続きました。

この三月に
養護学校を卒業する18歳の○○ちゃんの別れは
何とも言えない理不尽さを感じました。

お母さんの悲しみは切ないほど大きく
絶望感いっぱいの姿は 言葉を失います。
慰めの言葉も 励ましの言葉も通り抜けていきます。

自分の心も 何でなんでと問いかけながらも
生まれて来てから
ずっとハンディーを持ち続けてきたことから
解放されたんだと言い聞かせて 手を合わせました。

九十七歳の銭湯の大女将。
二年前まで番台に座り 
いつも変わらぬ応対で笑顔を振りまいてくれました。

八十七歳のメリーポピンズと
私が密かに思っていた写真屋の大女将。
いつも ある時間になると500メートル先の店に買い物に出かけて行きます。

その姿が視線に見えると
声をかけて話しをして 優しい顔のツルツルした頬を
触らせてもらいました。チャーミングで本当に可愛い方でした。

両方の人生の大先輩の方々には
お逢い出来て 良かったです。
私もこんな風に年を積重ねていきますと 手を合わせました。

お店にくるお客さまが
子供の頃にお世話になった浴槽屋のご主人。

仕事の行き帰りに挨拶をしていましたが
お客様のことをお伝えすることができ
違う会話もする機会が生まれました。
とても 残念ですと手を合わせました。

いつか皆別れが来るからこそ
大事に大事に生きていかなければならないことを
念を押される思いです。

年賀状<From留守番電話> 

桜咲く 桜散る そしてまた桜咲き 春が来た

私の賀状は これで始まりました。
新年の最初のはがきは
自分なりに意味を込めています。

一年のなんでも無い
当たり前だと思えるサイクルが
実は かけがえのないほど有難いことだと感じています。

この十年いや五年間の時間の流れで
自分を助けてくれた 励ましてくれた 支えてくれた
大切な人生の先輩と今生の別れを幾度も味わいました。

泣いて泣いて
またどうしてこんなに泣かなきゃならないのか。
こんなにも簡単に天は取って行くのか。

最後のお別れに手を合わせる度に
どうしてなのかと理不尽さを憶えました。
その辛さから見えてきたのは
いずれ皆散る 自分も去る時がやってくる
とにかく 日々一生懸命活きなきゃならないということです。

桜を見て来年も見られたら感謝です。
なんでもないことが一番の幸せです。

賀状を送る中で
七年前にスペインのグラナダで偶然に出逢い
食事を共にした方がおります。

その当時で八十歳のご婦人で
マドリードに住む娘さんに逢いに鎌倉から
一人飛行機に乗り 一ヶ月スペインに滞在していました。

娘さんと観光にきていて
アルハンブラ宮殿の中でお互いに声をかけ
一緒に食事をして話すことになりました。

それから 毎年賀状を送っていますが
ご婦人は必ず電話で声の賀状をかけてくれます。
この年になると いつどうなるか わからないので
自分は賀状は書かないと話してくれたことがありま。

八日過ぎても 電話がないので
気になっていたら
留守番電話に しっかり声が入っていました。

「もしもし わたくし鎌倉の○○○○です。
 いつも 年賀状有難うございます。
 私が書けなくてごめんなさい。
 体調を考えて 湯河原でリハビリをしてきました。
 今日 戻りました。 
 もう嬉しくて
 毎年
 いつもいつも心がけていてくれて
 感謝しています。本当に有難うございます。
 良き年をお迎え下さいね。」

今年は 米寿を迎えるそうです。
週二回 プールでの泳ぎは欠かさないそうです。
何よりの年賀状です。
 




経営者であること

昨年末 北区の図書館の方々が訪ねて来られました。

新しく図書館が来年開館されます。
思案中なのがエントランスホールの方向性です。
香逢も どんな形で行われているのか見学したいと
おみえになりました。

お店の誕生から今日までのことを説明させていただきました。
話していて
過ぎた五年は早い。でも、 
これから五年と考えると長さを感じます。

なんでも経営していくことは大変です。
一年また一年 考えること 悩むことが変化してきました。
昨年苦しんだことが今年はなく 違う形で考える・・・。

違うという事は
前の問題は越えていると思うようになりました。
全てが螺旋の動きのようです。
但し 下降線ではまずいのですが・・・?!

新年に手に取った本の言葉です。

経営は いかによいものを安く提供するかという物質世界ならではの
空極の挑戦課題の一つにチャレンジしているということです。
いかなる苦労をしようともお客様によいものを安く提供しようという
熱意の有無こそを優先すべきだと。
この熱意を失った経営者は もはや会社のトップであり社長であっても
<経営者>ではありません。熱意をもてば どのような試練にみまわれ
ようとも 全て順調そのものなのです。
根っからの経営者である自分を心から誇りに思い
大いに<正しく稼いで>いただきたいと願っています。

未熟な自分の背中を押される言葉です。



 


新しい年 猪突猛進!?

新年明けましておめでとうございます。
今年も どうぞ宜しくお願いいたします。

この三が日は
お天気にも恵まれて いいお正月日和でした。
東京の空が澄み切っていました。

年末に外出した帰路の電車の窓から
美しい夕焼けに出逢い
うっとりする位綺麗な富士山が見えました。

東京から こんなに富士山が近くに見えて
そんなに遠くない場所に
住んでいることを実感しました。

素敵な光景をみて
来年はいいことがある兆候かなとニッコリ!

三が日 新年会にお招きをいただいたお席が
今まで逢ったことがない人達で
実に これからの自分にパワーをもらえる時間となりました。

神楽坂の商店の人々の集まりでした。
お店自体は有名で知っていますが
経営者までは知りませんので その方々とお話しができたのは
有難い経験でした。

違った空間の部屋に入ったようで
好奇心旺盛の心がワクワクし 時に凛として
これは 新年の第一歩おもしろくなりますね。

香逢のメンバーも元気に
四日 仕事始めから頑張っています。
とにかく健康でいてくれれば
後は なんとかなるさ!
目の前にあることを 一つずつ越えていきます。
どうぞ この一年宜しくお願いします!



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